ざっくんのブログ

育児休業中の多動男性のブログ(男目線で気づいたことや日々の行動を綴ります)

なんで男性なのに育児休業を取ったのか?

って聞かれました。

 

いや、正確には聞かれてないです。どっちやねん。

 

奥さんの同期から聞かれたと、奥さんから言われました。

 

なんでって

 

 

お金をもらえて子供と過ごせるのに取らない理由がわからない

 

って感じなんですがちょっと考えてみます。

取った理由はこれ以上でも以下でもないんですがまぁ一応。

多分あんまり男の人がこんな長期で(一応11月まで予定)育児休業することもないだろうと思うので。

 

 

育児休業取得までの経緯

出産

2018年11月に息子が生まれました。予定日より2.5ヶ月ほど早く生まれ、NICU→GCUを経由して1月頭に我が家にきました。

 

余談ですがここでの入院費はかなりかかっているのですが未熟児養育医療給付制度のおかげで実費のオムツ代程度しかし払っていません。社会保障万歳です。

 

奥さんは11月から産前休暇予定でしたが産まれてしまったので産後休暇となりそのまま育児休業に入りました。

会社の手続き諸々大変でした。

 

私はというと2018年1月から所属していたプロジェクトでの作業を子供が産まれた後も続けていたのですが、2019年3月29日にプロジェクトを抜けさせていただき、2019年4月1日から育児休業に入っています。

 

プロジェクト離任直前

2019年は出張で家を数日開けることが数回ありました。

また、プロジェクトは多忙を極めており残業で家に帰るのが遅いことや、家でも仕事をしていたり、また会社外のプロジェクトもいくつか抱えている状況でした。

 

育児休業の取得を決意

元々育児休業は取りたい派でした。(理由は最初の方に書いた通り)

ただ、仕事の状況などを考慮する必要があるという言い訳のもと、あまりいつ取るかなど具体的な行動に落とし込めていないまま日々を過ごしていました。

 

そこで離任直前の多忙な状況となります。

 

それまでは忙しい中でも在宅勤務やリモートワーク、フレックス勤務などをありがたいことに認めていただいていたのでお風呂に入れたり、ミルクをあげたり、オムツを替えたりなどやっていた(ちょっとだけ。。)のですがそれもほぼできない状況になり、奥さんへの負荷がめちゃくちゃかかっている気がしていました。

 

そして自分の体力と精神力も尽きてきていたのでこのままではまずいと思い育児休業を決意しました。

 

(後から聞きましたが、この3月ごろよりも息子が家に来たばかりの1月くらいの方が、子供とコミュニケーションも取れないし辛かったそうです。すまん。)

 

決意後のアクション

育児休業を取るべきだと思ったのは3月15日です。

土日の間に奥さんと会話をして3月18日に育児休業を取得する旨を上司に伝えました。

また、プロジェクトリーダーにはその翌日である3月19日に伝えました。

 

社会保険免除、育児休業給付金の申請、通勤費返納、PCなど社給品の初期化および返送など手続き系のこともこの辺でやってしまいました。

 

その後、抱えていた仕事を終わらせるものは終わらせ、引き継ぐものは引き継いで、3月29日に最終出社を行い育児休業に入りました。

 

 プロジェクトメンバーと当時のお客様には急なことで迷惑をおかけしてしまったと思っています。

しかしこのタイミングで取得していなければ家庭がもっとひどい状況に陥っていたことは間違いないと思うので、家族を優先させる決断をしたことに後悔はしていません。

 

 

育ってきた環境

休業直前の状況はこんなところですが、そもそも育児休業を取りたいと思っていたのは自分が育ってきた環境があるように思います。

 

物心ついた時の記憶

自分の最初の記憶は2歳の時に大阪に行って母方の叔父の家に泊まり夜中に黒猫を見た記憶です。その時は母と一緒でした。

それ以降小学校くらいまで、両親との記憶はあまりありません。

父はタンカー船に乗っており、今でも現役ですが、一度海に行ってしまうと3ヶ月は帰って来ず、帰ってきても数日家に帰ってきたあとは父の実家に行ってしまうという感じでした。

 

母はパートをしていたのだと思います。そのため母の母(私から見ると祖母ですね)が家にずっといて相手をしてくれていました。よく一緒にトランプをしていました。

 

弟が生まれる時は何らかの事情で祖母が家にいられなかったのでしょう、3歳くらいの時にどこか施設に一人で預けられました。預けられる時、多分めちゃくちゃ泣いたんじゃないかと思います。覚えている記憶は一人で食堂で食事をしながら窓の外を見ている風景です。

 

(この時に箸の持ち方を覚えて矯正されなかったので、自力で箸の持ち方を矯正する18歳の頃まで箸の持ち方が変でした。)

 

鍵っ子時代

小学校に上がる前に田舎に引っ越しました。

 

「田舎」度合いはというと、家の周りは田んぼと線路しかなく、コンビニまでは子供の足では歩いて行けず(初めてコンビニまで自力で行ったのは確か小学校3年くらいの時で大冒険でした)、クラスの人数は27人で1クラスしかない、という感じです。

 

それまでは地方都市で一番栄えている「市内」と言われる地域のすぐ近くで、幼稚園も数十クラスあったり、映画館があったりするようなところだったのでそのギャップに少々びっくりしました。

 

ともあれ、引っ越しにより友達がいなくなり、クラスメイトも少ないところに来て、家以外でも割と一人になることが多くなりました。

 

別にいじめられていたというわけでもなく、クラスにもすぐ馴染みはしましたが、どちらかといえば大人数で遊ぶというよりも、1人の仲のいい友達の家に行って遊ぶというスタイルで過ごしていました。

 

また、「鍵っ子」についてですが、父はほぼ船に乗っているので家にはおらず、また母はパートをやっていたと思いますが、それにプラスして田舎では珍しくないですが、パチンコにはまっており、家にいることは少なかったように記憶しています。

 

母の手料理を食べた記憶があまりなく、冷凍食品やソーセージを食べていた気がします。(弟はどこで遊んでどうやって食いつないでいたんだろう。)

 

これだけ見ると完全にネグレクトっぽいですが、パチンコの合間に帰ってきたり、逆にパチンコ屋に行ってお小遣いもらったり、父が帰ってきた時は抱きついて離れずずっと遊んでもらったり、まぁそれなりに楽しく暮らしていました。

 

また余談ですが一度、父が家に帰ってきている時に母に「おとうさんはいつ船に帰るの?」と聞いて怒られたことがあります。「今ここ(家)に帰ってきていて、船には行くんでしょ?」と。

 

しかし、私の認識では父のホームは船でした。なんで怒られたのかあまりわからなかったですが、それが何か重大なよくない発言だということは認識できたのでそれ以降注意して言わないようにしていました。

 

小さい時の写真

実は私の小さい時の写真は大量にあります。

と言っても数えたことはないので何枚なのか、それが一般的に大量なのかわかりませんが、薄手のアルバム10冊分+αくらいはありました。

 

私が社会人になって実家が新幹線の影響で引っ越したタイミングで写真が何処かに行ってしまって見れなくなってしまっているのですが、写真はなんらかのイベント(マーチング、運動会、遊園地、七五三など)の写真がほとんどでした。

 

当時写真を撮るということはそう簡単でもなかったと思うので、そういうものだと言われればそれまでなのでしょうが、日常の風景を撮った写真がほぼありませんでした。

 

 

母からは「よく笑う子だった」「すぐにどこにでも走って行ってしまう子だった」などと最近聞いたりもするので、たくさん接してくれて一緒にいてくれた時間もあったのだと思います。

 

しかし、自分の記憶ではやはり、一人でいるか、祖母か友達と遊んでいる記憶が多く、両親といるのは何か特別な時という認識になっています。

 

日常の写真(かもっと具体的なエピソード)がたくさんあれば、自分の記憶を再構築し、両親と(少なくとも母とは)日常を過ごしていたと認識することができたのではないかと思います。

 

では自分の子供に同じ経験させたくないという思いはあるのか?

 

ある。

 

同じというのは「両親と日常をあまり過ごしていない」ということです。

 

これが「思い」としてはどいういうものなのかうまく表現はできません。

「寂しかったのか?」と言われるとそんなこともないような気がしますし。

ただ、やはり何か「違和感」を感じていたと思います。そして「持っているエネルギーの向け先がないという感覚」もありました。通常両親に向くそのエネルギーは弟との喧嘩(いじめ)に向かっていたのではないかと思います。

 

まぁなので、息子には、日常を一緒に過ごすことを通じて、

 

ただそこにいるだけであなたは愛される存在なのだよ

 

ということを感じて欲しいなと思っています。

 

 

 その他

ここまでたくさん書いたけど個人の経験すぎてあまり参考にならなそうなので、ちょっとは他の男性諸氏にも参考になりそうなことを書きたいと思います。

 

収入の減少は育児休業前の残業でカバーできる?

育児休業中は申請すれば育児休業給付金を受給できます。

ざっくりいうと育児休業前の6ヶ月の給与の平均の7割(67%)がもらえます。

 

なので、育児休業前の給与が多ければ、給付金の額も増えます。

私は意図して残業してたわけではないですが、育児休業前はずっと残業が多かったので給付金でもらっている額が割と多いです。(残業せずに働いた時の1.3倍くらいはあります。)

 

どうしても育児休業中の生活が心配だという人は 育児休業前の残業を計画的に行ってもいいかもしれません。

(個人的にはそれより家に帰って子供の相手した方が色々良さそうだと思います。)

 

復帰後は新たなキャリアを考えてみるのもよいかも

私の場合は結構特殊な事情で元の部署に戻れないのですが、一般的にも復帰後に元の部署に戻れないケースもあるみたいです。

戻れればまぁそれで良いのかもしれませんが、私は「育児」は一つの仕事であると思っていますのでその経験や、その中で感じた物を活かして次のキャリアを歩むのも面白いと思います。(別に転職しなくても別の部署でやってみるとか)

 

女性の友人の話ですが、育児休業中に計画的に学習を進めて復帰後にキャリアアップを狙っている人がいたり、実際にそれを実現している人もいるそうなので、「育児休業を取ったら出世できなくなる」(と思っている人が多いのかどうかわかりませんが)という心配はしなくていいんじゃないかと思います。

 

あとは普段からどこでもやっていける能力を身につけておくといいでしょうね。

 

育児休業を取るといろんなところで女性に褒められる

育児休業中です」っていうと大体「いいですねー!」「すごいですねー!」って言われます。

理想的には「そうなんだー(普通)」っていう社会を目指したいですが今だと少ないんでしょうね。悲しいことです。

 

「うちの旦那にも言ったんだけど全然興味ないみたいで(あきらめ)」とかっていうのもセットで聞いたりしますので、育児休業取ったら奥さんからの評価も爆上げ間違いなしです。

 

育児休業中ちゃんと家事・育児しないと逆に評価どん底まで下がるので注意

※不倫ダメ、絶対(苗字宮崎ですが、私は議員ではありません。)

 

子供が可愛い

可愛いです。

始めて笑ったとき、首が座った時、寝返りができた時、座れた時なんかに立ち会えます。めちゃいい。

そして割と自分たちに余裕があるので子供がぐずったり、ずっと叫んでいたりするのをみても全然イラっとせずに可愛いなぁって見てられます。(あやせよ)

 

仕事で疲れていたり余裕がなかったりするとこうはいかないんじゃないかと思います。

 

 

まとめ

なんで男性なのに育児休業を取ったのか?まとめです。

  • お金をもらえて可愛い子供といられるので取らない理由がない
  • 子供に日常的に両親と一緒にいて愛されていたという記憶(記録)を残してあげたい
  • 収入は意外と減らない(ようにできる)
  • 復帰後のことはなんとかなる、はず
  • 育児休業を取ると奥さん含む女性からの株が上がる
  • 子供がとにかく可愛い

 

これを見て「育児休業取得してみてもいいかも」と思う人がちょっとでも増えてくれればと思います。では。