ざっくんのブログ

育児休業中の多動男性のブログ(男目線で気づいたことや日々の行動を綴ります)

早産児の息子の今後の成長と幸せについて

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以前この記事で書きましたが我が家の第一子はかなりせっかちで、だいぶ早くお腹から出てきました。

 

www.yoshitsugumi.com

 

そういう子はだいたい、NICU※1・GCU※2 を経由して退院って感じになるんですが、退院後もフォローアップ外来というのを定期的にやってくれています。

 

 

今日それに行った時に「支援学級」という言葉を聞いて心がざわっとしたという話です。

 

※1 NICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児集中治療管理室)

※2 GCU(Growing Care Unit:回復治療室)

 

 

 

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そもそも新生児フォローアップ外来って?

新生児フォローアップ外来とはNICUやGCUに入っていた子供の発育と発達をフォローアップしてくれるものだそうです。

 

 

退院したのが2019年1月で、最初の頃は月2回くらい、その後月1回となり今は2,3ヶ月に1回行っています。

 

 

xヶ月検診(で何やるのか知らないけど)と同じようなことを基本的にはやっていると思います。

 

 

体重、身長、頭、胸部などを測り、発育の状況を月齢と照らし合わせて確認していき、気になる点などあればそれに応えてくれるという流れ。

 

 

 

今回何があったのか?

結論からいえばいつも通りでした。ある一点を除いて。

 

 

フォローアップ検診では発育・発達具合を見ますが、早産で生まれているので普通の月齢で見ると成長が遅れているように見えてしまいます。

 

なので早産の場合、「修正月齢」というので発育・発達具合を見ます。

 

具体的には、実際は産まれて9ヶ月だけど、2.5ヶ月早く産まれたのでだいたい7ヶ月相当として見ているということです。

 

 

発育を見るのには前回からの推移というのもありますが、発育曲線で帯の中に入るかどうかというのを見ます。

 

発達は多分ですが「首が座ったか」「座れるか」「音に反応するか」「ものを掴むか」「はいはいできるか」などの動作・反応から見ていると思っています。

 

 

「いつもどおり」というのは発育であれば成長曲線の帯の中に入っているし、発達に関しては何も問題なく、むしろ普通よりちょっと早いねという状況だということです。毎回だいたい同じです。

 

 

で、いつもと違ったのは最後。

 

「何か心配なことはありますか?」と言われて「特にないです」と応えた後の話です。

 

 

 

「あ、ちなみにフォローアップっていつまでやってもらえるんですか?」と嫁が質問。

 

「ケースバイケースですが小学校3年とか、長い場合は小学校6年まで見ることもあります」と先生が回答。

 

「え!!そんなに???」私たち夫婦。

 

「6歳ぐらいで発達具合によっては支援学級に入るかどうかなどの判断もあったりしますので長期的に見させていただきます」

 

「!!…………。」

 

 

長期的にみていくのがフォローアップ

フォローアップってこんな意味らしいんですね。

[名](スル)ある事柄を徹底させるために、あとあとまでよく面倒をみたり、追跡調査をしたりすること。

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/191015/meaning/m0u/

 

会社の研修後フォローアップとかのイメージだったんで長くても1年とかかなと思ってたんですが、かなり長期的に見てもらうということでびっくりしました。

 

超低出生体重児のその後の調査について

早産児は出生児の体重により3つに分類されます。

http://www.small-baby.com/souzanji/difference.html

 

うちの子より軽い状態で産まれた「超低出生体重児」についての追跡調査結果があります。

1990年に日本で出生した1000g未満の超低出生体重児2291人のうち1597人(全出生の約70%)を対象とし、その後3歳まで追跡できた853 例、6歳まで追跡できた548例について調べたものです。
この調査によると、総合発達評価において正常と判定されたものは3歳の853例中640例(75%)、境界は93例(10.9%)、異常は120例(14.1%)となっています。つまり、超低出生体重児の4分の3は正常に発達しているということです。

http://www.small-baby.com/souzanji/knowledge_p4.html

 

これを見て、フォローアップ外来がかなり長期であるのはこの追跡調査の意味合いもあるのだろうなぁと思いました。

 

また、ここにある「4分の3は正常に発達」というのが多いのか少ないのか、「超」と「極」でどのくらい違うのか、などが気になります。

 

 

 

心のざわつき

割と順調に、なんなら修正月齢で見なくてもいいくらい発育しているので、いわゆる「障害」が残る可能性があるようなことを全く想定しておらず、内心かなり動揺しました。

 

妻も一瞬固まっていたので同じ気持ちだったように思います。

 

 

 

なぜ心がざわつくのか?

まだちょっと考えが練られていません。

 

 

妊娠中の話

妊娠中の話ですが、うちの場合はまだ高齢出産という訳ではないのですが、若くもないので出生前診断について漠然と考えていました。

 

そこで出産予定の院で受けれるか聞いてみたところ「原則35歳以上でないと受けれないし、今の年齢なら気にしなくていい」と言われました。

 

その時なんとなく「そんなことを聞くこと自体がなにか失礼(誰にだろう)なことだ」という雰囲気を感じていました。

 

 

出産後

その後早産で産まれて、水分が抜けて一時期1280gくらいまで体重が減った我が子。

 

産まれた直後は自発呼吸もできず、全身管を通されていました。

 

手のひら2.5個くらいの大きさで手足も細く、皮膚は赤黒い。

 

自発呼吸ができるようになっても眠いのか疲れたのか、たまに呼吸を忘れる癖があり酸素マスク的なものがずっとついていました。

 

でも不思議と「このまま順調に大きくなっていくんだろうなぁ」と思っていました。

 

 実際今のところ順調すぎるくらい順調に育っているように思います。

 

 

 

昔ばなし

「障害」と一括りにするのも大雑把すぎると思うのですが、心のどこかで「障害があると子供は幸せになれない、または幸せになるのに大変な労力を要する」と思っている気がします。多分、特に「知的障害」。

 

私が育った「田舎」では「特別支援学級」がありました。

 

小学校にもあったのかもしれませんがあまり記憶にありません。同級生がいて明確に覚えているのは中学校のなかよし学級です。

 

そこには同級生が1人と、他にも1、2人いたようないないような。そのくらいの距離感でした。通常学級との交流はほとんどない状態でした。

 

学級同士はそのような関係ですが、彼はいくつかの授業や給食、掃除などは一緒に活動していたのではないかと思います。

 

そして彼はイジメにあっていました。

 

中学校で合流した別の小学校から来た彼は、小学校時代も同じような扱いを受けていてそれが中学校でもそのままシフトした感じでした。

 

私は傍観者でした。大多数がそうだったと思います。

 

イジメをしたいとも見るのが面白いとも思いませんでしたし、どちらかといえば嫌な気分でしたが、あまり知らない・言葉がうまく通じない彼を助けてあげたい、みんなで仲良くしたいという気持ちも当時は無く、ただ傍観するだけでした。

 

そんな状況を見て、そこから情報がアップデートされていないからでしょうか、「支援学級」と聞いた時にネガティブなイメージが湧いていました。

 

そして「もしそこに入るようならとても苦労するだろう」「どうにかして入らなくてよくなる確率を上げることができないだろうか」などと考えていました。

 

 

幸せな人生

幸せな人生を自分で切り開いていくのに必要な能力(能力じゃなくて運[環境]がほとんどとかいう話もありますが)の一つは「考える力」だと私は考えています。

 

解釈する力、抽象的に考える力、関係性を把握する力、深める力etc

 

でも知的障害があるとそれが叶わない(と思い込んでいる、事実かどうかはわからない)

 

この辺の思い込みについて検証してみる必要がありそうです。

 

 

そして幸せとは何かについてもやはり考えを深めたいです。

 

なんかちょっと今思うのは幸せとは状態なんじゃないかなということ。達成するというよりありづつけるという状態。

 

もう少し解像度をあげたいのと、そのためには何が必要なのかなども考えたい。